石川県と聞けば、金沢箔、加賀友禅、輪島塗といった伝統工芸がまず思い浮かぶでしょう。
しかしこの地は、もうひとつの「唯一無二」を生み出しています。
それは、高温に耐えるための素材――耐火断熱レンガ。
このレンガは、陶芸用ガス窯や工業炉などの内部に使われ、摂氏1250度以上の過酷な熱に何百回も耐えながら、内部にいる作品を焼成し、不変の作品へと変えていきます。表には見えないけれど、なければ成り立たない。まさに「縁の下の力持ち」、それが耐火断熱レンガなのです。
そしてこの素材の多くが、石川県の七尾市周辺にあるイソライト工業、日の丸窯業、丸越工業という3社によってつくられています。日本国内における耐火断熱レンガの大半をこの地域が担っているといっても、決して過言ではありません。これは「金箔」(国内生産の99%)と並ぶ、石川のもう一つの顔です。
そんな“素材の地”・石川県から、またひとり、ひとつの“素材”が生まれました。
新横綱・大の里です。
彼は石川県津幡町の出身。学生相撲でも圧倒的な強さを見せ、注目の的となっていた逸材。そんな彼が入門したのが、私たちの住む茨城県にある二所ノ関部屋でした。
初土俵からわずか13場所で横綱昇進という、昭和以降で最速の記録です。
その横綱口上では静かに、しかし力強く、こう述べました。
「感謝の気持ちを忘れず、唯一無二の横綱を目指します」と。
この言葉に、私は胸を打たれました。なぜなら、その背景には、“素材が旅をして、別の地で花開く”という、私にとっても深い共感を覚えるストーリーがあったからです。
私の仕事は、陶芸用のガス窯をつくることです。
全国の陶芸家や工房からご依頼を受け、オーダーメイドの窯を製作しています。
その内部に組み込むのが、先ほどの石川県産の耐火断熱レンガです。
まさに「素材の地・石川」から「形の地・茨城」へとやってきた素材たちなのです。
それを一つひとつ組み上げて、最終的には「やきもの」という芸術を生み出すための窯となるのです。
この流れは、大の里の物語に重なります。
石川で育まれた力、素質、土台――それが茨城にやってきて、土俵の上で鍛えられ、そして横綱という名の完成形へ。
耐火断熱レンガでできたガス窯で高温焼成される“やきもの”、やきものが熱を受けて完成するように、
大の里も、幾度もの稽古と大相撲という目に見えない熱に身をさらしながら、ついに最高位へとたどり着いたのです。
この二つの“素材”には、まだ共通点があります。
それは、「極限に耐える強さ」を持っていること。
ガス窯のレンガは、割れたり崩れたりしないよう、熱による膨張と収縮に耐えながら、炎の中心に居続けます。
相撲の力士もまた、怪我、重圧、敗北といった心身の試練に晒されながら、それを越えて力をつけていく。
素材が素材として終わらず、「形」になり「意味」を持つには、熱が必要なのです。
炎という熱、人という熱、そして努力という熱。
それを受けることで、素材は「唯一無二」へと変わる。
石川県は、伝統的な素材と極限的な素材の、両方を送り出す不思議な土地です。
そして茨城県は、それらが形になって芽吹く土地です。
大の里が横綱になったとき、私はふと、これまで自分が組み上げてきた窯のことを思い出しました。
何百、何千ものレンガという素材たちが、窯という形になって、火と出会いやきもの作品を生み出す。
その「唯一無二」の瞬間は、言葉では言い尽くせないほど、静かで力強い時間です。
最後に、こんな言葉を添えたいと思います。
素材は、場所と出会って初めて、意味を持つ。
熱にさらされてこそ、唯一無二になる。
そう考えると、大の里の言葉も、窯の炎も、同じように響いてくるものかもしれません。