焼けなければ意味なし―窯トラブル休日出張対応

4月も下旬になり、春風に揺れる庭の草花を見ていると、いかにも笑っているようだ。
いつも風に揺らぐ草花を見ると、「花が笑っているように見える」と私は感じる。
そんな清々しい朝、今日は土曜日だから少しゆっくり過ごそうと思っていた。
いつもより少しだけ遅い朝食の支度を前に、テーブルのメニューを眺めていたその瞬間、携帯電話が震えた。
画面には、益子の陶芸作家・Aさんの名前が表示されていた。

「春の陶器市に向けて灯油窯を本焼きしようとしたら燃料ポンプが壊れてしまい、どうしても今日中に直してほしい」──一瞬で頭の中が真っ白になったものの、家族との時間も、週末の予定もすべて吹き飛び、私は迷わず車のエンジンをかけた。

到着したのは朝8時半。
Aさんの喜んだ表情を前にほっと胸をなで下ろす一方で、ネットで「12,000円で売っていたよ」と言われた一言が胸の奥にチクリと残った。もちろんモノだけの価格であること、取り付けや動作確認、初期不良対応まですべて含まれていないこと、到着までにかかる日数と手間を考えれば、ポンプそのものの値段など比べものにならない。
だが、「作業費をいただく」という行為は、どれだけ慣れていても毎回胸が重くなる。

それでも私は、経験から直感的に「ストレーナーも必要だ」と判断し、ポンプ2基とフィルター2個を用意していた。手順は慎重を極めた。電源コードを外し、継ぎ手を緩め、新品のポンプを取り付け、点火試験を行い、ストレーナーを送油ラインに装着してから最終の炎の安定を確認した。1.5時間後には、Aさんの窯に力強い熱気が戻っていた。

作業の合間には、家族や個展の話など、雑談を交えながら互いの信頼を深める時間もあった。
その中で「12,000円」の話題が出ると、私はこう返した。
「ネットで買えば確かに安い。でも工具も調達しなければならないし、万が一動かなかったら作品を焼き損じるリスクもある。何より、トラブルが起きたときにすぐ駆けつけられるのが僕の強みだよ」と。

休日を削っての対応にもかかわらず、Aさんは「本当にありがとう」と何度も頭を下げてくれた。
その言葉だけで、ネット価格に一喜一憂した自分を振り返る余裕すら生まれた。見えない価値を言葉にするのは難しい。だからこそ、私は今日もこう自分に言い聞かせる――「見えない価値を、自分の誇りとして胸に刻もう」と。

そして、陶芸家の皆さんにも伝えたい。トラブルに直面したときは、ぜひ“時間と安心”という本当の価値に投資してください。
ひと手間かけることで、作品づくりはもっと滑らかに、もっと豊かになるのです。

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