浜田庄司とやきものと日本酒

浜田庄司は「民藝運動」の中心的存在として知られていますが、その陶芸哲学には、やきものづくりの本質を深く見つめた視点が随所に表れています。
著書『無盡蔵』の中で彼が語る「印を押さない理由」には、彼自身の謙虚さと、やきものづくりに対する真摯な姿勢が滲んでいます。

浜田は益子に拠点を移した後、自分の作品に印を押すことをやめました。それは、「仕事の九割は窯焚きが担っている」という彼の考えによるものです。
良い土、轆轤、筆や絵の具ももちろん重要ですが、最終的に作品の出来を決定づけるのは窯の働きだと述べています。「窯が焼いてくれたものに自分の名前を刻むのはおこがましい」と、浜田は考えました。

では、浜田が強調する「窯の九割」とは何でしょうか?それは自然の力を利用するという彼の哲学です。窯焚きは、薪やガスなどの燃料の種類、風の強さや湿度、季節による微妙な変化など、多くの要因が絡み合います。その中で作陶家は窯を一つの生命体とみなし、炎を操るように焼成を行います。浜田にとって窯は、暴れ馬のように手懐けがたい相棒であり、焼成の成果を左右する決定的な存在だったのでしょう。

やきものと日本酒の共通点

この「窯を生命体とみなす視点」は、日本酒造りにも通じるものがあります。日本酒造りでは、杜氏(とうじ)が米麹と酵母の発酵をコントロールしながらおいしい酒を生み出します。発酵に使われるタンクや樽は、陶芸でいうところの「窯」に当たります。つまり、やきものと日本酒には次のような共通点が見出せます。

1,素材と道具の相性が重要

 やきものでは土と釉薬が、日本酒では米と麹が基盤を成します。それらを活かすための窯や樽も、作品や酒の完成に大きな影響を与えます。

2,自然現象との協働

 窯の炎や外気の変化がやきものを生むように、発酵という自然現象が日本酒を生み出します。どちらも人間の技術が自然の力を引き出す点が共通しています。

3,制作者の名前が表に出ない

 日本酒の瓶には杜氏の名前が記されることは稀であり、浜田が作品に印を押さなかったことと似ています。
それは、完成品が自然と人間の共同作業の賜物であるという考えに基づいています。

自然との共生が生む魅力

浜田庄司のやきものや日本酒造りに共通するのは、「人間は自然の力を借りて創造する」という考え方です。
炎や酵母といった目に見えない力が、素朴でありながら奥深い作品や味わいを生み出します。

やきものの窯を操る陶芸家が杜氏と重なるように、窯自体が酵母のような存在に思えてきます。
浜田が語った「窯焚きの九割」は、やきものや日本酒だけでなく、私たちの日常生活にも通じる謙虚な視点を教えてくれるのではないでしょうか。

最後に、私たち窯メーカーにとって、窯は単なる道具ではなく、陶芸家が作品を生み出すための「信頼できる相棒」でなければなりません。浜田庄司の時代、多くの陶芸家は手作りの登り窯や穴窯を用いていました。
しかし現代では、ガス窯のような窯が主流となり、その製作は専門知識を持つメーカーに委ねられるようになりました。だからこそ、私たちは窯づくりに細心の注意を払い、焼成の過程を支えられる最高の環境を提供することを使命と考えています。

(参考文献 『無盡蔵』浜田庄司著、『よくわかる発酵の基本と仕組み』斎藤勝裕著)

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