1970年代後半、友人のMKは貯金を財布に忍ばせて、アルニコ磁性体のスピーカーを探し歩いていた。
量販店やガード下で尋ね歩いても「そんなのないよ」と冷たくあしらわれた、と彼は私に話してくれた。
当時、私はそのアルニコスピーカーの良さも貴重さも、値段すら知り得なかったが、彼にとっては喉から手が出るほど欲しいものだったのだろう。
その友人MKは、その後、突然夭折してしまった。
アルニコ磁性体を使用したスピーカーとは何か。
磁性体とは要するに磁石のことで、つまりはアルニコ磁石が使われた高性能なスピーカーのことである。
スピーカーの磁力は、強力なほどキレのよい音が出るといわれている。
アルニコ(AlNiCo)とは、アルミニウム(Al)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)を原料とした、昭和のオーディオ黄金期を支えた最高級磁石だ。カチッとした重厚な音が特徴だが、原料のコバルトが希少なレアメタルであり、アフリカの情勢不安などで価格が暴騰したため、一時期は手に入らない幻の磁石となった。
彼が「アルニコ、アルニコ……」と熱弁していたのは、それが手に入らない憧れの象徴だったからだ。
この当時、より良い音を出すためには、大きさの違うスピーカーユニットを複数組み合わせる必要があった。当時のスピーカーは、大きなガタイ(筐体)で大きな音を鳴らす方が出色の音を出せたのである。 しかし現代では、驚くほど小型軽量でありながら、低い音から高い音まで綺麗に出し切るスピーカーが存在する。 それは、アルニコよりもさらに高性能な「ネオジム磁石」が開発されたためだ。
ネオジム磁石の「ネオジム(Nd)」とはレアアースの一種である。
これを他の金属と混ぜて成形し、焼き物と同じように焼き固めることで、アルニコよりもさらに強力な磁石ができる。
その最大の特徴は、「小さくても、圧倒的に磁力が強い(アルニコの数倍)」ことだ。そのため、「小型化・軽量化・高出力化」が求められる現代のハイテク製品には欠かせない存在になっている。
今やネオジム磁石は、ありとあらゆるものに使われている。現在の最大の用途は、ハイブリッド車や電気自動車(EV)の駆動モーターだ。車を動かす強力なパワーと、車体を軽くするための「小型軽量化」を両立させるために、レアアースが大量に使われている。 また、クリーンエネルギーの主役である風力発電機にも使われている。
巨大な風車の中で効率よく電気を作るための心臓部にも、巨大なネオジム磁石が組み込まれているのだ。
その他、ハードディスクドライブ(HDD)のヘッド駆動部やスマートフォンのバイブレーションモーター、カメラのオートフォーカス機能で超小型レンズを動かすためにも、米粒よりも小さなネオジム磁石が使われている。
医療分野のMRI検査装置や、ダイソンの掃除機にもそれは生きている。 これらを見ていくと、現代はありとあらゆるところに強力な磁石が組み込まれており、「磁石の時代」と言っても過言ではないだろう。
話は再び、アルニコへ戻る。 このアルニコ磁石の原点を開発したのは、なんと日本人である。
その名を三島徳七博士という。
三島博士は、もともと兵庫県の「喜住(きずみ)」家に生まれた。 その後、東京帝国大学(現在の東大)を卒業した後の1920年代半ばに、福井県の旧家である「三島」家の養子となり、籍を移した。
博士は自身が開発した世界的な新磁石鋼に、自分を形づくってくれた大切なアイデンティティである両家の頭文字をとり、「M(三島)」と「K(喜住)」で『MK鋼』と名づけたのである。
1931年(昭和6年)の大発明であった。
この「MK鋼」がやがて海外に渡り、アルニコ磁石と称されて世界中で広く使われるようになった。
アルニコ磁石のスピーカーが狂おしいほど好きだった、私の友人のMK。
彼は、その「MK鋼」という名前が、アルニコの元々の名前であったことを知っていたのだろうか。
.jpg)
